- ナトリウム
- 副腎不全ではSIADH様の低ナトリウム血症がみられる
- SIADHの診断時には副腎不全を除外する
- 血糖
- 他のカウンターホルモンの影響で副腎不全での低血糖の頻度は低い
- ストレス下で高血糖がなければ副腎不全を想起する
- 好酸球
- 糖質コルチコイドは主にアポトーシスの誘導で好酸球を低下させる
- ストレス下で好酸球減少がなければ副腎不全を想起する
副腎不全は見逃されることの多い疾患の一つで、研修医向けの症例検討会でもよく取り上げられます。
慢性的な倦怠感や食欲低下などで受診した場合には鑑別として挙げやすいですが、症状が軽微で病院を受診していなかったりうつ病として治療されていたりすることも多いです。
診断されずにいると患者さんのQOLに影響するだけでなく、副腎クリーゼなど重篤な病態が起きることもあります。
今回は日常診療で隠れた副腎不全に気付くきっかけとなるように、副腎不全でみられる検査所見の特徴を紹介します。
副腎不全の特徴や検査所見は?
はじめに副腎不全の特徴やよくみられる検査所見を確認しましょう。
Physiological basis for the etiology, diagnosis, and treatment of adrenal disorders: Cushing’s syndrome, adrenal insufficiency, and congenital adrenal hyperplasia
Alessandro Prete, Angela E Taylor, Irina Bancos et al.
J Clin Endocrinol Metab. 2020 Jul 1;105(7):2262-2274. doi: 10.1210/clinem/dgaa133.
生理学
視索上核からの概日リズムに従う入力でCRH分泌が刺激され、コルチゾールの分泌も日内変動する
ストレス時には中枢神経からの刺激でCRH分泌が増加する
副腎不全では疾病やストレスにより症状が顕在化することもある
分類
副腎不全は副腎自体の障害による原発性、ACTHによる副腎刺激の低下による2次性に分類される

症状
原発性副腎不全では糖質コルチコイドだけでなく、アルドステロン欠乏による症状も生じる
副腎アンドロゲンは低力価であり欠乏症状は目立たない
続発性副腎不全ではアルドステロンの分泌は保たれる

Delayed Diagnosis of Adrenal Insufficiency Is Common:
A Cross-Sectional Study in 216 Patients
Benjamin Bleicken, Stefanie Hahner, Manfred Ventz et al.
Am J Med Sci. 2010 Jun;339(6):525-31. doi: 10.1097/MAJ.0b013e3181db6b7a.
副腎不全では多くの症例で症状が緩徐に進行し、臨床徴候も非特異的であるため診断まで時間がかかるケースが多い
ドイツの研究では、発症後6カ月以内に診断されたのは女性で30%未満、男性で50%未満であった
20%の症例は診断までに5年以上も経過していた

副腎不全では症状だけでなく検査所見も非特異的で、診断までに時間を要することが多いです。
次項では、日常診療で副腎不全を疑うきっかけになるパターンを紹介します。
- 副腎不全でみられる検査異常として、低ナトリウム血症、高カリウム血症、低血糖、貧血、好酸球増多、高カルシウム血症がある
- 症状・検査所見が非特異的なため、診断までに時間がかかってしまうことが多い
副腎不全に伴う検査所見の特徴は?
ぞれぞれの変動のメカニズムを理解すると、非特異的な検査結果から副腎不全を疑うきっかけになることがあります。
今回は低ナトリウム血症、低血糖、好酸球増多を取り上げます。
ポイントとなるのは“ストレス下”での数値です。
ナトリウム
副腎不全は上の表にあるように低ナトリウム血症の頻度が高く、低ナトリウム血症の重要な鑑別の一つです。
しかし、低ナトリウム血症自体がありふれた状態で鑑別が多岐にわたるため、低ナトリウム血症から副腎不全を想起するのが難しいことも多いです。
Hyponatremia and Glucocorticoid Deficiency
Aoife Garrahy, Chris J Thompson.
Front Horm Res. 2019;52:80-92. doi: 10.1159/000493239.
神経下垂体に投射する視床下部視索上核・室傍核にコルチゾール受容体があり、コルチゾールはバゾプレシン分泌に対し抑制的に作用する
副腎不全では浸透圧に見合わないAVP分泌がみられ、SIADH様の体液量正常低ナトリウム血症をきたす
原発性副腎不全、Addison病では、鉱質コルチコイドの欠乏もあるため、循環血漿量減少に反応した圧受容体からの刺激で生理的なAVPの放出が起こり、体液量減少低ナトリウム血症が生じる
Delayed diagnosis of adrenal insufficiency is common: a cross-sectional study in 216 patient
Benjamin Bleicken 1, Stefanie Hahner, Manfred Ventz et al.
Am J Med Sci. 2010 Jun;339(6):525-31. doi: 10.1097/MAJ.0b013e3181db6b7a.
古典的にはSIADHの診断にコルチゾール欠乏の除外が必要
ある研究ではSIADHと診断された症例のうち33%でしかコルチゾールの測定がされていなかった
別のコホートでは500例の体液量正常低ナトリウム血症の3%でコルチゾールの欠乏がみられた
続発性副腎不全ではSIADHと同様の低ナトリウム血症をきたしますが、副腎不全の診断にはホルモンの測定や負荷試験など時間がかかるため、SIADHとして対応されてしまう症例も少なからずあると思います。
バゾプレシン(ADH)は嘔吐やストレスなど生理的に分泌が増加するため、急性期にSIADHとの鑑別はかなり難しいですが、副腎不全の他の症候がないか忘れずに確認しましょう。
また、SIADHだと思ったけどなかなか改善しない、なんて時に副腎不全を考えてもよいかもしれません。
血糖
教科書的には副腎不全で低血糖は有名ですが、実際の頻度はそれほど高くありません。
その理由は何か、どんな時に血糖が副腎不全の診断に役立つか、説明します。
Regulation of Glucose Homeostasis by Glucocorticoids
Taiyi Kuo, Allison McQueen, Tzu-Chieh Chen et al.
Adv Exp Med Biol. 2015;872:99-126. doi: 10.1007/978-1-4939-2895-8_5.
糖質コルチコイドはその名の通り、糖の恒常性維持にはたらく
特にストレス下では脳への糖の供給を維持するため血糖値を上昇させる
末梢組織に対するコルチゾールのはたらき
肝臓
糖新生の促進
グリコーゲン貯蔵の増加
骨格筋
グルコース取り込みと酸化の抑制
グリコーゲン貯蔵の減少
糖新生に利用するアミノ酸確保のための蛋白分解の促進
白色脂肪組織
グルコース取り込みと酸化の抑制
糖新生に利用するグリセロール確保のための脂肪分解の促進
膵臓
β細胞からのインスリン分泌の抑制
α細胞からのグルカゴン分泌の促進
β細胞過形成の促進
Stress hyperglycemia and adrenal insufficiency in the critically ill
Murugan Raghavan, Paul E Marik.
Semin Respir Crit Care Med. 2006 Jun;27(3):274-85. doi: 10.1055/s-2006-945533.
通常、ストレス下ではインスリン抵抗性が生じると共にカウンターホルモン(コルチゾール、カテコラミン、グルカゴン、成長ホルモン)が増加し、高血糖が生じる
ある研究では、ICUにおける非糖尿病の敗血症患者の75%で血糖>110mg/dLであった
別の研究では、12%がベースの血糖>200mg/dLで、74.5%がベースの血糖>110mg/dLであった
ストレスに反応してコルチゾールが上昇しない場合やコルチゾールの抵抗性があると臨床的に副腎不全症候群が生じる

副腎不全では糖質コルチコイドによる血糖上昇作用が失われます。
ただし、他のカウンターホルモンの影響で成人での低血糖の頻度は低く、副腎クリーゼでもなければ低血糖から副腎不全を診断することはあまりありません。
十分なストレス下にもかかわらず血糖の上昇がなく正常範囲の場合には、背景に副腎不全が隠れていることがあります。
好酸球
好酸球増多はあまり目立ちませんが、副腎不全の重要な検査所見の一つです。
個人的には内分泌検査に進むきっかけとして、好酸球に注目することが多いと思います。
The effects of glucocorticoids on human eosinophils
R P Schleimer, B S Bochner.
J Allergy Clin Immunol. 1994 Dec;94(6 Pt 2):1202-13. doi: 10.1016/0091-6749(94)90333-6.
ステロイドは好酸球の遊走、接着、生存などを促進するサイトカインの産生を抑制する
骨髄細胞のIL-5産生の抑制により、骨髄での好酸球産生が抑制されると推測される
in vitroでIL-3、IL-5、GM-CSFと一緒に培養されると好酸球は数日~数週間生存するが、糖質コルチコイドが加わるとアポトーシスが誘導される
ステロイドの単回投与で血中の好酸球数は著明に低下する
Silent existence of eosinopenia in sepsis: a systematic review and meta-analysis
Yao Lin, Jiabing Rong, Zhaocai Zhang.
BMC Infect Dis. 2021 May 24;21(1):471. doi: 10.1186/s12879-021-06150-3.
好酸球減少の敗血症診断への有用性を検証したMeta-analysis
2008~2016年の7研究を組み入れ、好酸球のカットオフは25~100/mm3
計3842例で、好酸球減少は23.2~92.7%にみられた
敗血症診断における好酸球減少の検査性能
感度:0.66 (95%CI [0.53–0.77])
特異度:0.68 (95%CI [0.56–0.79])
陽性尤度比:2.09 (95%CI [1.44–3.02])
陰性尤度比:0.49 (95%CI [0.34–0.71])
オッズ比:4.23 (95%CI [2.15–8.31])
糖質コルチコイドによる好酸球減少は主にアポトーシスの誘導によると言われています。
ストレス下で糖質コルチコイドが増加すると好酸球は減少し、経験的には感染症などでは好酸球は0~1%であることが多いです
反対に、副腎不全では糖質コルチコイド欠乏により好酸球のアポトーシスが起こりにくくなることで末梢血中の好酸球の寿命が延び、好酸球数が増加すると考えられます。
ストレス下の好酸球減少の有用性はそれほど高くなく、副腎不全での好酸球増多の頻度も高くありません。
しかし、病態生理的に好酸球が低下するはずのストレス下でも好酸球減少がみられない場合には副腎不全を考えてみてください。
- SIADH様の低ナトリウム血症では副腎不全を鑑別に挙げる
- ストレス下で血糖、好酸球が正常範囲であれば副腎不全を考える
まとめ
副腎不全でみられる検査所見の特徴や副腎不全を疑うきっかけについてまとめました。
どの検査所見も非特異的であり色々な要因で変動してしまうため、一つの検査異常だけで内分泌検査に進むのは難しいかもしれません。
それでも、副腎不全を診断することは患者さんにとってのメリットが大きいため、病態的に可能性がありそうなら積極的に副腎不全を考えてみてはいかがでしょうか。
- ナトリウム
- 副腎不全ではSIADH様の低ナトリウム血症がみられる
- SIADHの診断時には副腎不全を除外する
- 血糖
- 他のカウンターホルモンの影響で副腎不全での低血糖の頻度は低い
- ストレス下で高血糖がなければ副腎不全を想起する
- 好酸球
- 糖質コルチコイドは主にアポトーシスの誘導で好酸球を低下させる
- ストレス下で好酸球減少がなければ副腎不全を想起する