試験の前やカンファレンスで発表するときなど、緊張する場面ではとりあえず深呼吸しますよね。
深呼吸でなんとなく落ち着くような気がしますが、本当にリラックス効果があるのでしょうか?
また、効果があるとしたらその機序はいったい何でしょうか?
今回は某総合診療雑誌の某著名な先生の特集のオマージュのような記事です。
深呼吸で落ち着くのはなぜ?
リラックス効果と言えば副交感神経の作用を考えると思います。
さらに、呼吸と副交感神経の関係と言えば呼吸性洞性不整脈が思い浮かびますよね。
Respiratory sinus arrhythmia: why does the heartbeat synchronize with respiratory rhythm?
Fumihiko Yasuma, Jun-Ichiro Hayano.
Chest. 2004 Feb;125(2):683-90. doi: 10.1378/chest.125.2.683.
Respiratory sinus arrhythmia (呼吸性洞性不整脈)とは
呼吸に伴う心拍変動
RR間隔が吸気時に短くなり、呼気時に長くなる

換気-血流が調和することで、肺のガス交換効率が改善すると言われている

機序
心拍は洞結節への交感神経・副交感神経刺激のバランスで決まる
吸気時には肺の伸展によりC線維が刺激され心臓迷走神経が抑制されることで、RR間隔は短縮する
呼気時には抑制の解除や動脈の化学受容体・圧受容体の刺激によって迷走神経活動は亢進し、RR間隔は延長する
RSAの程度は心拍変動の高周波成分で評価できる
心拍変動の機序は色々ありますが、呼吸との関連は主に迷走神経が担っています。
心拍変動は迷走神経の活性度合いの評価に用いられることが多いです。
実は呼吸による迷走神経の作用は心臓だけに留まらないことがわかっています。
Hypothesis: Pulmonary Afferent Activity Patterns During Slow, Deep Breathing Contribute to the Neural Induction of Physiological Relaxation
Donald J Noble, Shawn Hochman.
Front Physiol. 2019 Sep 13;10:1176. doi: 10.3389/fphys.2019.01176.
呼吸により刺激された迷走神経の求心路は脳幹の孤束核に投射する
迷走神経からの入力は孤束核で統合され、扁桃体や青斑核、視床下部といったストレスに関連する部位にも送られる

6 rpm (0.1 Hz)の呼吸で心拍変動が最大になる
0.1Hz 程度の呼吸で生じる迷走神経の0.1Hz 程度のゆっくりとしたリズムが中枢に伝達され、皮質のリズムも0.1 Hzに同調しリラックス状態になると考えられている
呼吸による迷走神経の活性化は0.1Hz の呼吸≒深呼吸時に最大となります。
深呼吸による迷走神経活性化は心臓に作用するだけでなく、求心路を介して中枢神経まで作用することで、リラックス効果をもたらすと言われています。
- 深呼吸で迷走神経が活性化され、求心路を介して中枢神経に作用しリラックス効果をもたらす
深呼吸の効果は?
深呼吸によるリラックス効果の機序を説明しました。
それでは、実際に深呼吸でどのくらいの効果があるのでしょうか?
Benefits from one session of deep and slow breathing on vagal tone and anxiety in young and older adults
Valentin Magnon, Frédéric Dutheil, Guillaume T Vallet et al.
Sci Rep. 2021 Sep 29;11(1):19267. doi: 10.1038/s41598-021-98736-9.
ストレスに対する深呼吸の効果を検証した研究
5分間の深呼吸で、若年・高齢成人いずれでもHF powerは有意に上昇し不安状態は有意に軽減した
※HF power:心拍変動の0.15〜0.4Hzの周波帯(高周波帯)のパワースペクトル。副交感神経(迷走神経)の活動を反映



How breathing can help you make better decisions: Two studies on the effects of breathing patterns on heart rate variability and decision-making in business cases
Marijke De Couck, Ralf Caers, Liza Musch et al.
Int J Psychophysiol. 2019 May;139:1-9. doi: 10.1016/j.ijpsycho.2019.02.011.
呼吸パターンが心拍変動と意思決定に与える影響を検証した研究
呼吸パターン1:吸気で5数える→止めて2数える→呼気で5数える
呼吸パターン2:吸気で5数える→止めて2数える→呼気で7数える

研究①
呼吸パターン1、2と通常の呼吸(コントロール)を5分ずつ
介入群で心拍変動の指数が有意に高かった
研究②
呼吸パターン2群とコントロール群に分け、2分間の呼吸後、30分間のビジネス意思決定テスト
コントロール群に比べ、介入群では自己申告のストレスレベルが低かった
介入群でテストの正答率が高かった (47.32% vs 32.14%; p=0.005)

深呼吸で心拍変動=迷走神経の活性化が生じ、それに付随して不安・ストレスが軽減することや意思決定が改善することが示されています。
- 深呼吸による不安・ストレスの軽減や意思決定の改善が示されている
まとめ
深呼吸の効果についてまとめました。
深呼吸には短期的な作用だけでなく、ヨガのようなトレーニングとして続けることで自律神経が整い、ストレスの軽減だけでなく免疫機能が高まるといった効果もあるとも言われています。
これをHRV biofeedbackといいます。
日常でなんとなく行っていることでも、生理学的に考えるときちんと理論があったりして面白いですよね。
ちなみに、始めに述べた‘本物’はこちらの雑誌に連載されています。
もっとクオリティも高く、毎回とても面白いです。