Endocrinology

Sheehan症候群だけじゃない?妊娠・出産関連の下垂体疾患まとめ

Answer

出産後に倦怠感が続く場合に、産後うつと思っていたら内分泌異常であった症例はしばしば経験されます。

元々隠れていた内分泌疾患が顕在化することもあれば、新たに発症することもあります。

では、妊娠に関連した下垂体疾患として思いつくものは何でしょうか?

学生さんや研修医の皆さんは「Sheehan症候群」と答える方が多いのではないでしょうか。(少なくともわたしはそうでした。)

実はSheehan症候群は非常に稀で、特に周産期医療の発達した先進国では、今やほとんどみられません。

今回はSheehan症候群を含め、妊娠に関連した下垂体疾患についてまとめました。

下垂体腫瘍など元々あった疾患が妊娠・出産を契機に顕在化することもありますが、妊娠・出産に特徴的な病態により引き起こされる疾患を3つ紹介します。

妊娠中の下垂体の変化

Pregnancy and pituitary disorders: Challenges in diagnosis and management
Bashir A Laway, Shahnaz A Mir.
Indian J Endocrinol Metab. 2013 Nov;17(6):996-1004. doi: 10.4103/2230-8210.122608.

下垂体は妊娠中に9.6~10mm、出産直後には10.2~12mmになり、およそ6カ月かけて妊娠前のサイズまで戻る

妊娠中のホルモンの変化
  Somatotroph Lactotroph Thyrotroph Corticotroph Gonadotroph
ホルモン GH PRL TSH ACTH LH, FSH
細胞数
分泌量

妊娠により下垂体は全体的に腫大します。

虚血による影響を受けやすくなったり、自己抗原の放出が増えたりすることで、特徴的な病態が生じやすくなります

妊娠関連の下垂体疾患

それでは、妊娠に関連した下垂体疾患を3つ紹介します。

Sheehan症候群

Sheehan’s syndrome: new insights into an old disease
Halit Diri, Zuleyha Karaca, Fatih Tanriverdi et al.
Endocrine. 2016 Jan;51(1):22-31. doi: 10.1007/s12020-015-0726-3.

1937年にHarold L. Sheehanにより初めて提唱された疾患

病態
妊娠中の下垂体の腫大により、虚血に対し弱くなる
出産後の大出血に続く下垂体動脈の攣縮、血栓により、下垂体の虚血、機能低下に陥る
壊死し漏出した下垂体組織に惹起された抗下垂体抗体による自己免疫的な機序も考えられている

診断基準
必須項目
  典型的な病歴(産後の大出血)
  少なくとも1つの下垂体ホルモン欠乏
  慢性期にMRI・CTでempty sella
参考項目
  出産時の重症低血圧・ショック
  産後の無月経
  産後の乳汁分泌不全

内分泌検査
LH-FSHがはじめに障害されやすく、ACTHが最後まで障害されにくい
ホルモンの決まったパターンはなく、部分的な障害から汎下垂体機能低下まで様々

画像検査
早期には妊娠に伴う生理的な範囲を超えた非出血性下垂体腫大がみられる
ガドリニウム造影MRIでは、辺縁部のみに造影効果がみられる
約1年でempty sellaになる

治療
対症療法・ホルモン補充が中心
時間経過で増悪はあっても改善することはないとされる


Sheehan症候群は非常に有名ですよね。

わたしも妊娠関連の下垂体疾患はこれしか知りませんでした。

周産期医療の発展に伴い、出産時の出血や血圧のコントロールにより、非常に稀な病態となっています。

Dahan症候群

Pituitary injury and persistent hypofunction resulting from a peripartum non-hemorrhagic, vaso-occlusive event
Anita Kuriya, David V Morris, Michael H Dahan.
Endocrinol Diabetes Metab Case Rep. 2015;2015:150001. doi: 10.1530/EDM-15-0001.

血管攣縮により生じる下垂体機能低下症をDehan症候群として提唱

症例報告
子癇前症による流産後でBromocriptinが投与されていた患者で下垂体機能低下症が生じた
大出血や下垂体腺腫はなかったことから、子癇前症もしくはBromocriptinによる血管攣縮が原因と考えられた


Dahan症候群は最近提唱された疾患概念で、文献も少なくまだ確立したものではないようです。

血管攣縮という病態はありそうな話ですが、画像や病理での証明が難しそうです。

血管攣縮の素因があり、他の病態が除外されれば考えてもよいかもしれません。

リンパ球性下垂体炎

Autoimmune Hypophysitis
Patrizio Caturegli, Craig Newschaffer, Alessandro Olivi et al.
Endocr Rev. 2005 Aug;26(5):599-614. doi: 10.1210/er.2004-0011.

1962年にGoudieとPinkertonが出産後の若年女性症例を初めて報告した

形態学的・組織学的な分類
Lymphocytic adenohypophysitis (LAH):前葉の病変
Lymphocytic infundibuloneurohypophysitis (LINH):漏斗~後葉の病変
Lymphocytic panhypophysitis (LPH):両者の病変

疫学
LAHの女性例では、57%が妊娠中もしくは出産後に発症する
妊娠最終月から出産2か月後までの発症が多い(図)
LINH、LPHはLAHよりも高齢(42±17歳)で、妊娠との関連はみられない

病態
自己免疫的な機序で下垂体にリンパ球浸潤が生じる
妊娠中の下垂体増大に伴い、自己抗原の放出が増える
視床下部下垂体系より全身循環からの血流が増大することで、免疫系に曝されやすくなる

症状
前葉ホルモン欠乏の症状はACTH、TSH、LH-FSH、PRLの順で出やすい
18%で他の自己免疫疾患が併存し、橋本病が最多(7.4%)

症状 LAH (%) LINH (%) LPH (%)
頭痛 53 13 41
視野障害 43 3 18
副腎不全 42 8 19
甲状腺機能低下 18 0 17
性腺機能低下 12 3 14
乳汁分泌不全 11 0 5
多飲・多尿 1 98 83
高PRL血症 23 5 17

診断
抗下垂体抗体の陽性が報告されるが、感度・特異度ともに低い

画像所見(腺腫との比較) LAH 腺腫
非対称
均一な信号
均一な造影効果
後葉高信号の消失
トルコ鞍底が正常
トルコ鞍上への進展
下垂体茎の肥厚
下垂体茎の偏移

治療
対症療法が中心だが、圧迫による症状があれば手術・ステロイドが考慮される
73%で長期のホルモン補充を要し、自然に回復したのは3%に留まる


リンパ球性下垂体炎は免疫チェックポイント阻害薬に起因するirAEとしてご存知の先生も多いと思います。

妊娠関連の下垂体疾患として、Sheehan症候群の減少により相対的にリンパ球性下垂体炎の報告が上回っています。

中でも、妊娠中に多いのは下垂体前葉が障害されるLAHです。

妊娠・出産後の下垂体機能低下症をみたら、まずはLAHを疑う必要があります。

リンパ球性下垂体炎とSheehan症候群の比較

Other Pituitary Conditions and Pregnancy
Philippe Chanson.
Endocrinol Metab Clin North Am. 2019 Sep;48(3):583-603. doi: 10.1016/j.ecl.2019.05.005.

先進国では周産期医療の発達によりSheehan症候群は稀で、リンパ球性下垂体炎が多い

  リンパ球性下垂体炎 Sheehan症候群
妊娠関連の発症 最多 非常に稀
症状
 頭痛 +++
 視野障害
 乳汁分泌不全 ± 必発
 乳汁漏出 ±
 副腎不全 ± 必発
 尿崩症 20%
病歴
 自己免疫疾患
 出産時の大出血
下垂体機能
 GnRH欠乏 +++
 TRH欠乏 ++ ++
 ACTH欠乏 +++ ++
 汎下垂体機能低下 ++
 PRL過剰
 PRL欠乏 ± 必発
 後葉機能低下 20% -~±
画像
 造影効果 +++ ++
 びまん性腫大 +++ ++
 後葉高信号 DIで消失
 下垂体茎の肥厚 ++
 硬膜の造影効果
 出血・壊死 ±

リンパ球性下垂体炎とSheehan症候群は病歴である程度の鑑別ができます。

内分泌的特徴や画像所見も異なるため、裏付けとして有用です。

ただし、どちらも根本的な治療は難しく対症療法が中心となるため、対応に大きな違いはありません。

まとめ

妊娠関連の下垂体疾患を紹介しました。

出産後の内分泌異常、特に軽度の副腎不全は産後うつとして見逃されてしまうことも多いです。

大出血といったSheehan症候群に特徴的な病歴がなくても、リンパ球性下垂体炎による内分泌異常も鑑別に挙げるようにしましょう。

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