尿路感染症は頻度の高い細菌感染症の一つですが、糖尿病患者さんではさらに頻度が高いことが知られています。
糖尿病では高血糖や脂肪細胞などからの炎症性メディエーターの影響で、白血球遊走能の低下、サイトカイン産生の抑制、抗体・補体機能の低下などの免疫異常がみられ、感染症に罹りやすくなります。
(Berbudi A et al. Curr Diabetes Rev. 2020; 16: 442-449.)
今回は糖尿病患者さんで特に尿路感染症のきっかけとなるような“尿路”に特有の因子を紹介します。
糖尿病に合併する尿路感染症の特徴は?
はじめに糖尿病に関連した尿路感染症について簡単にまとめました。
Incidence of urinary tract infection among patients with type 2 diabetes in the UK General Practice Research Database (GPRD)
Ishan Hirji, Zhenchao Guo, Susan W Andersson et al.
J Diabetes Complications. Nov-Dec 2012;26(6):513-6. doi: 10.1016/j.jdiacomp.2012.06.008.
英国のデータベース(GRPD)で1990年~2006年の期間の、2型糖尿病患者とマッチした非糖尿病患者の尿路感染症を比較解析
尿路感染症の発症率は糖尿病患者で46.9/1000人年 (95% CI 45.8-48.1)、非糖尿病患者で29.9/1000人年 (95% CI 28.9-30.8)で糖尿病患者の方が1.53倍(95% CI1.46-1.59) 高リスクであった

Effect of diabetes mellitus on the clinical and microbiological features of hospitalized elderly patients with acute pyelonephritis
Diamantis P Kofteridis, Eva Papadimitraki, Elpis Mantadakis et al.
J Am Geriatr Soc 2009 Nov;57(11):2125-8. doi: 10.1111/j.1532-5415.2009.02550.x.
ギリシャの大学病院で1997年~2005年に急性腎盂腎炎で入院した65歳以上の糖尿病患者・非糖尿病患者の臨床的・細菌学的検討
糖尿病・非糖尿病ともにE. coliの検出が最も多かったが、カンジダ以外で有意差はなかった

菌血症は糖尿病患者の30.7%(27/88)でみられたのに対し、非糖尿病患者では11.0%(13/118)であった(P=0.001)
糖尿病患者の方が死亡率が高かった (12.5% vs 2.5%, P<0.01)
糖尿病患者さんでは非糖尿病患者さんに比べて尿路感染症に罹患しやすくなります。
それだけでなく、菌血症の頻度や死亡率も高くなり、非糖尿病患者さんよりも重症度が高くなります。
検出される細菌はE. coliが最も多く、糖尿病・非糖尿病で大きな違いはないようです。
- 糖尿病では尿路感染症に罹患しやすく、重症度も高い
- 検出される細菌は非糖尿病と同様
尿糖の影響は?
糖尿病はその名の通り尿に糖が増えるため、尿路感染症との関連で一番に思いつくのは尿糖ではないでしょうか。
なんとなく尿に糖が多いと細菌が繁殖しやすいイメージがありますよね。
尿糖の細菌への影響は?
Effect of glucose and pH on uropathogenic and non-uropathogenic Escherichia coli: studies with urine from diabetic and non-diabetic individuals
Suzanne E Geerlings, Ellen C Brouwer, Wim Gaastra et al.
J Med Microbiol. 1999 Jun;48(6):535-539. doi: 10.1099/00222615-48-6-535.
グルコースがE. coliに与える影響を検討したin vitroの研究
グルコースの添加でE. coliの増殖速度は増加した

縦軸:660nmの波長の吸光度で評価した濁度
横軸:培養時間
■:グルコース添加なし
▼:グルコース 100mg/dL
♦:グルコース 300mg/dL
★:グルコース 1,000mg/dL
●:グルコース 10,000mg/dL
Exposure to Moderate Glycosuria Induces Virulence of Group B Streptococcus
Preeti P John, Brady C Baker, Santosh Paudel et al.
J Infect Dis. 2021 Mar 3;223(5):843-847. doi: 10.1093/infdis/jiaa443.
尿糖がB群連鎖球菌に与える影響を検討したin vitroの研究
中等度の尿糖(300 mg/dL)により、B群連鎖球菌のヒト膀胱上皮細胞への接着が亢進し、抗菌ペプチドへの抵抗性や病原性遺伝子発現の増強も生じた


尿糖により細菌学的には増殖速度の上昇や病原性が増加することが報告されており、非糖尿病患者さんに比べて尿路感染症に罹患しやすい一因となっているかもしれません。
尿糖が増えると尿路感染症は増える?
では、同じ糖尿病患者さんの中でも、尿糖が増えることによって尿路感染症に罹りやすくなるのでしょうか?
尿糖が増える薬剤=SGLT-2阻害薬の影響-に関する論文を紹介します。
Sodium-Glucose Cotransporter-2 Inhibitors and the Risk for Severe Urinary Tract Infections: A Population-Based Cohort Study
Chintan V Dave, Sebastian Schneeweiss, Dae Kim et al.
Ann Intern Med. 2019 Aug 20;171(4):248-256. doi: 10.7326/M18-3136.
米国の2つのデータベースを用い、新規にSGLT-2阻害薬を開始した患者とDPP-4阻害薬、GLP-1アゴニストを開始した患者を傾向スコアを用いて比較したコホート研究
SGLT-2阻害薬を開始した患者では、DPP-4阻害薬、GLP-1アゴニストに比べて尿路感染症は増加しなかった
DPP-4阻害薬との比較
尿路感染症はSGLT-2阻害薬で1.76/1000人年、DPP-4阻害薬で1.77/1000人年 (HR 0.98, 95% CI, 0.68 to 1.41)

GLP-1アゴニストとの比較
尿路感染症はSGLT-2阻害薬で2.15/1000人年、GLP-1アゴニストで2.96/1000人年 (HR 0.72, 95% CI, 0.53 to 0.99)

SGLT-2阻害薬は尿細管でのグルコースの再吸収を阻害するため、尿への糖排泄が増加します。
SGLT-2阻害薬を使用した場合でも他剤に比べて尿路感染症の罹患率は上がっておらず、尿糖以外の要因もありそうです。
- 尿糖により細菌の増殖速度や病原性が増加する
- 尿糖が増加するSGLT-2阻害薬を使用しても尿路感染症は増加しない
尿糖以外のリスクは?
ニューロパチー
Ultrasonographic determination of residual urine in diabetic subjects: relationship to neuropathy and urinary tract infection
M Beylot, D Marion, G Noel.
Diabetes Care. Sep-Oct 1982;5(5):501-5. doi: 10.2337/diacare.5.5.501.
糖尿病患者102人中15人で糖尿病性以外に原因のない残尿(>27mL=健常コントロールの上限)がみられた
残尿はニューロパチーのある患者で30.6%(11/36)にみられたのに対し、ニューロパチーのない患者では6.5%(4/62)で、残尿とニューロパチーの関連がみられた (p<0.001)
残尿は男性(前立腺肥大症を除外)では細菌尿(>105/mL)と関連したが、女性では関連しなかった
男性:25.0%(2/8) vs 4.2%(2/48), p<0.001
女性:14.3%(1/7) vs 20.0% (7/35), p>0.20
糖尿病性ニューロパチーでは排尿障害をきたすことがあり、残尿が増えれば尿路感染症のリスクになると考えられます。
残念ながら尿路感染症との関連を直接検討した論文は見つけられませんでした。
局所の防御因子
Why are diabetics prone to kidney infections?
Michael Zasloff.
J Clin Invest. 2018 Dec 3;128(12):5213-5215. doi: 10.1172/JCI124922.
健常者の尿路では、尿道・膀胱・尿管・集合管の上皮から抗菌ペプチド・蛋白(AMPs)が分泌され、細菌が腎まで上行するのを防ぐ
いくつかのAMPsは集合管の間在細胞からインスリンの刺激を受け分泌される
糖尿病患者では、インスリン抵抗性のためインスリン依存性AMPsの分泌が低下し細菌感染が生じやすい環境になる

糖尿病患者さんでは、尿路で抗菌活性をもつAMPsが減少しているため細菌感染への抵抗力が低下していると言われています。
これも糖尿病による自然免疫系の障害のひとつと言えるかもしれません。
- 糖尿病性ニューロパチーにより排尿障害が生じる
- インスリン抵抗性のため尿路での抗菌ペプチド・蛋白の分泌が低下する
まとめ
糖尿病患者さんが尿路感染症に罹りやすくなる因子について、特に尿路に関連したものを中心にまとめました。
なんとなく尿糖が悪いようなイメージがありましたが、それだけではなく糖尿病合併症との関連や局所の防御因子の影響も考えられます。