尿路感染症の診断に用いる検査所見の一つとして尿亜硝酸塩があります。
グラム染色で直接菌体を確認できる場合はあまり重要視しませんが、グラム染色ができない場合には感染症を示唆する所見として参考にしています。
今回は尿亜硝酸塩の由来から、細菌感染の中でも菌種の推定に使えるのか考えてみたいと思います。
尿亜硝酸塩の由来は?
そもそも尿中の亜硝酸はいったいどこからやってくるのでしょうか?
なぜ細菌感染を示唆すると言われているのでしょうか?
Dietary nitrate and population health: a narrative review of the translational potential of existing laboratory studies
Oliver M Shannon, Chris Easton, Anthony I Shepherd et al.
BMC Sports Sci Med Rehabil. 2021 Jun 7;13(1):65. doi: 10.1186/s13102-021-00292-2.
硝酸(HCO3–)は葉菜類やビートルートなど一部の根菜類に多く含まれ、上部消化管で吸収される
内因性には一酸化窒素(NO)の酸化で産生される
血中の硝酸(HCO3–)のうち60%程度が尿に排泄される
25%は唾液腺から口腔に分泌され、口腔常在菌により亜硝酸(NO2–)に還元される
嚥下された亜硝酸(NO2–)は胃内で一酸化窒素(NO)や他の窒素化合物に変換される
残りの亜硝酸(NO2–)は血液を介して全身の組織へ分布し一酸化窒素(NO)に還元される
Nitrate reductases: structure, functions, and effect of stress factors
E V Morozkina, R A Zvyagilskaya et al.
Biochemistry (Mosc). 2007 Oct;72(10):1151-60. doi: 10.1134/s0006297907100124.
窒素は蛋白や核酸といった重要な分子の構成原子で生物の硝化作用(nitrification)、脱窒作用(denitrification)のプロセスを経て、環境の無機窒素が有機物質に組み込まれる
硝酸還元は窒素循環の最も重要な段階で、3つの機能がある
硝酸同化(nitrate assimilation):窒素源としての硝酸イオン(NO3–)の利用
硝酸呼吸(nitrate respiration):硝酸イオン(NO3–)を最終電子受容体とし代謝エネルギーを生成する
硝酸異化(nitrate dissimilation):酸化還元バランスを保つための過剰な還元エネルギーの散逸
硝酸還元の第一段階として硝酸レダクターゼにより硝酸イオン(NO3–)が亜硝酸イオン(NO2–)に還元される
細菌は3種類の硝酸レダクターゼをもつ
Cytoplasmic assimilatory nitrate reductase (Nas)
Membrane-bound respiratory nitrate reductase (Nar)
Periplasmic dissimilatory nitrate reductase (Nap)
Nas・NarではNO2–は細胞質内に生成されるのに対し、NapではNO2–はぺリプラスムに生成される
Napは以下の細菌で確認されている (※抜粋)
Escherichia coli, Pseudomonas aeruginosa, Pseudomonas putida, Shewanella putrefaciens, Haemophilus influenzae, Salmonella typhimurium, Vibrio cholerae, Yersinia pestis, Campylobacter jejuni
体内で生成された亜硝酸の多くは全身の組織で代謝され一酸化窒素として利用されます。
食物に含まれる硝酸の大部分は尿に排泄され、これが細菌の硝酸レダクターゼの基質となります。
細菌は複数の硝酸レダクターゼをもちますが、細胞質外(ぺリプラスム)で亜硝酸が生成されるのはNapだけのようです。
尿中亜硝酸塩は細菌のもつNapによりペリプラスムに生成された亜硝酸を検出していると考えられ、これが尿中亜硝酸塩と細菌感染が関連しているとされる理由です。
Napが特定の菌でのみ存在するのか、調べ尽くされていないだけなのかはよくわかりませんでしたが、調べた範囲ではBacillus以外のグラム陽性菌には存在しないという記載もありました。
また、Pseudomonas aeruginosaは尿亜硝酸が陰性となることが特徴とよく言われますが、Nap自体は持っているようで、産生量なども関わっているのかもしれません。
- 尿中亜硝酸塩は腎排泄された硝酸から細菌のもつNapにより生成される
尿亜硝酸塩の診断精度は?
それでは、実際に尿亜硝酸塩は尿路感染症の診断に使えるのでしょうか?
また、Napをもつ細菌が限られるのであれば、細菌の推定にも役立つのでしょうか?
尿路感染症の感度や特異度は?
The urine dipstick test useful to rule out infections. A meta-analysis of the accuracy
Walter L J M Devillé, Joris C Yzermans, Nico P van Duijn et al.
BMC Urol. 2004 Jun 2;4:4. doi: 10.1186/1471-2490-4-4.
尿白血球エステラーゼ・亜硝酸塩の細菌尿・尿路感染症に関する診断精度を検討したMeta-analysi
一般人口での亜硝酸塩の感度は0.50 (95%CI 0.44-0.58)、特異度は0.82 (95%CI 0.71-0.95)であった
白血球エステラーゼとの組み合わせで、どちらか一方でも陽性の場合は感度 0.75 (95%CI 0.61-0.93)、特異度 0.70 (95%CI 0.63-0.78)、両方陽性の場合は感度 0.45 (95%CI 0.27-0.75)、特異度 0.99 (95%CI 0.98-1.00)
尿路感染症の診断という観点では、単独では感度・特異度共にあまり高くなく参考程度だと思います。
白血球エステラーゼとの組み合わせで特異度が向上するため、両方陽性であれば尿路感染症の可能性はかなり高くなります。
細菌の推定はできる?
Can urinary nitrite results be used to guide antimicrobial choice for urinary tract infection?
M J Larson, C B Brooks, W C Leary et al.
J Emerg Med. Jul-Aug 1997;15(4):435-8. doi: 10.1016/s0736-4679(97)00069-3.
尿路感染症の患者で尿検査と尿培養を評価
亜硝酸は54.1%(86/159)で検出された
Can a simple urinalysis predict the causative agent and the antibiotic sensitivities?
Muhammad Waseem, Justin Chen, Govinda Paudel et al.
Pediatr Emerg Care. 2014 Apr;30(4):244-7. doi: 10.1097/PEC.0000000000000105.
小児の尿路感染症で尿検査と尿培養を評価
亜硝酸塩は20.9%(127/608)で検出された
Relationship between urinalysis findings and responsible pathogens in children with urinary tract infections
Hilal Ünsal, Ayşe Kaman, Gönül Tanır et al.
J Pediatr Urol. 2019 Dec;15(6):606.e1-606.e6. doi: 10.1016/j.jpurol.2019.09.017.
小児の尿路感染症で尿検査と尿培養を評価
亜硝酸塩は31.3%(221/705)で検出された
研究によりばらつきはありますが、亜硝酸塩が陽性の尿路感染症では陰性の場合に比べてE. coliの頻度が高そうです。
尿路感染症ではそもそも大腸菌の頻度は高いですが、それだけでなくNapをもつ細菌であることも関係していると思われます。
特に、グラム染色のできない状況では、尿路感染症を疑って亜硝酸塩が陽性であればE. coliを想定した治療を検討してもよいかもしれません。
- 亜硝酸塩が陽性の尿路感染症では陰性の場合に比べてE. coliの頻度が高い
まとめ
尿亜硝酸塩の由来と臨床的な意義についてまとめました。
尿路感染症ではそもそもE. coliの頻度が高いためそれほど治療決定へのインパクトは大きくないですね。
当たり前のように使っている検査ですが、生理学的な観点から勉強し直すとより理解が深まっておもしろいです。