人工呼吸器を使用している症例では様々な合併症が起こりますが、その中で特に問題となりやすいのが人工呼吸器関連肺炎(Ventilator-associated pneumonia; VAP)です。
わたしは一般内科医なので、集中治療科や呼吸器内科に比べると人工呼吸器症例を診る機会はあまり多くなかったと思います。
ところが、昨年からCOVID-19を担当するようになりかなりの数の人工呼吸器症例を診るようになりました。
そんな中でVAPの頻度もそれなりに多く、他の感染症と同様に診断、治療にグラム染色が有用だと実感しています。
今回はVAPに対するグラム染色の有用性をまとめました。
なお、最近ではVentilator-associated Complication; VACという呼び方もありますが、今回はVAPで統一しようと思います。
VAPについて
まずはVAPに関する一般的な事項をまとめました。
定義
Management of Adults With Hospital-acquired and Ventilator-associated Pneumonia: 2016 Clinical Practice Guidelines by the Infectious Diseases Society of America and the American Thoracic Society
Andre C Kalil, Mark L Metersky, Michael Klompas et al.
Clin Infect Dis. 2016 Sep 1;63(5):e61-e111. doi: 10.1093/cid/ciw353.
気管挿管から48時間以上経過した後に発生する肺炎
新規の浸潤影と、感染を示唆する発熱・膿性痰・白血球増加・酸素化低下といった臨床所見の出現
病態
Ventilator-associated tracheobronchitis: the impact of targeted antibiotic therapy on patient outcomes
Donald E Craven, Alexandra Chroneou, Nikolaos Zias et al.
Chest. 2009 Feb;135(2):521-528. doi: 10.1378/chest.08-1617.
長期の人工呼吸により肺障害をきたし、感染リスクが高くなる
気管内チューブを伝って鼻咽頭の細菌が下気道に定着しやすくなる
定着~人工呼吸器関連気管支炎(Ventilator-associated Tracheobronchitis; VAT)~VAPのスペクトラム
定着 | VAT | VAP | |
症候 | 無症候 | 体温>38℃ or WBC>12,000/µL or <4,000/µL 新規の気管内膿性分泌物 or 性状の変化 |
|
画像 | 新規の浸潤影なし | 新規かつ進行or持続する浸潤影・空洞影 | |
グラム染色 | 多核白血球なしor少数 | 多核白血球±細菌 | 多核白血球+細菌 |
気管内痰培養 | <105-6 cfu/mL | ≥105-6 cfu/mL | ≥105-6 cfu/mL |
BAL培養 | <104 cfu/mL | >104 cfu/mL |
The microbiology of ventilator-associated pneumonia
David R Park.
Respir Care. 2005 Jun;50(6):742-63; discussion 763-5.
VAPの起炎菌

人工呼吸器の期間により起炎菌のリスクが変わる

VAPの定義にはレントゲンでの新規の浸潤影が含まれており、COVID-19を含め元々肺野の異常影がある症例ではVAPと言うのが難しいことがあります。
そんなときは時期により想定される起炎菌+白血球をグラム染色で確認することが有用です。
VAPに対するグラム染色の有用性は?
それでは、もう少し具体的にグラム染色の有用性についてみていきましょう。
検査としての精度・評価のポイント・臨床応用の仕方についてまとめました。
グラム染色の感度や特異度は?
Is the gram stain useful in the microbiologic diagnosis of VAP? A meta-analysis
John C O’Horo, Deb Thompson, Nasia Safdar.
Clin Infect Dis. 2012 Aug;55(4):551-61. doi: 10.1093/cid/cis512.
呼吸器検体のグラム染色のVAP診断に関する有用性を検討した21研究のMeta-analysis
グラム染色の感度 79%、特異度 75%であった
グラム染色と培養結果のκ係数はグラム陽性菌で0.42、グラム陰性菌で0.34であった
Diagnostic accuracy of Gram staining when predicting staphylococcal hospital-acquired pneumonia and ventilator-associated pneumonia: a systematic review and meta-analysis
Otavio T Ranzani, Ana Motos, Chiara Chiurazzi et al.
Clin Microbiol Infect. 2020 Nov;26(11):1456-1463. doi: 10.1016/j.cmi.2020.08.015.
グラム染色で形態的にブドウ球菌が疑われた場合の、培養でのブドウ球菌検出に対する精度を検討したMeta-analysis
感度 68%
特異度 95%
陽性尤度比 12.7
陰性尤度比 0.34
Endotracheal aspirate and bronchoalveolar lavage fluid analysis: interchangeable diagnostic modalities in suspected ventilator-associated pneumonia?
Johannes B J Scholte, Helke A van Dessel, Catharina F M Linssen et al.
J Clin Microbiol. 2014 Oct;52(10):3597-604. doi: 10.1128/JCM.01494-14.
VAPが疑われた患者でBAL検体と気管内吸引検体を比較
気管内検体はBAL検体に対して陽性的中率 62%、陰性的中率 61%
BAL検体+ | BAL検体- | Total | |
気管内検体+ | 66 | 41 | 106 |
気管内検体- | 70 | 108 | 178 |
Total | 135 | 149 | 284 |
グラム染色の評価ポイントは?
Evaluation of semi-quantitative scoring of Gram staining or semi-quantitative culture for the diagnosis of ventilator-associated pneumonia: a retrospective comparison with quantitative culture
Soshi Hashimoto, Nobuaki Shime.
J Intensive Care. 2013 Oct 23;1(1):2. doi: 10.1186/2052-0492-1-2.
グラム染色で菌量を半定量で評価
0:0 /HPF
1+:<1 /HPF
2+:1-5 /HPF
3+:6-30 /HPF
4+:>30 /HPF
培養≥106をVAPの基準とすると、グラム染色≥1+の感度 95%、特異度 61%、≥3+の感度 42%、特異度 96%

Microscopic examination of intracellular organisms in bronchoalveolar lavage fluid for the diagnosis of ventilator-associated pneumonia: a prospective multi-center study
Chang Liu, Zhaohui Du, Qing Zhou et al.
Chin Med J (Engl). 2014;127(10):1808-13.
Wright-Giemsa染色で細胞内細菌(※貪食像)を評価
細胞内細菌はVAP群で96%(98/102例)、非VAP群で20%(12/60例)に認めた
細胞内細菌のある白血球の比率(PIC)はVAP群で有意に高かった
9.53±6.65% vs 0.52±1.33%, P<0.01
PICのカットオフを1.5%と設定した場合のVAP診断の精度
感度 94.1%
特異度 88.3%
陽性的中率 93.2%
陰性的中率 89.8%
グラム染色を基にした治療戦略は?
Preemptive antibiotic treatment based on gram staining reduced the incidence of ARDS in mechanically ventilated patients
Asako Matsushima, Osamu Tasaki, Kentaro Shimizu et al.
J Trauma. 2008 Aug;65(2):309-15; discussion 315. doi: 10.1097/TA.0b013e31817c96f6.
グラム染色を用いた先制治療がVAPを減らせるか検討した研究
ガイドラインに従いVAPを診断するFirst periodと、グラム染色で貪食像がみられたらレントゲンで浸潤影が出る前に治療を開始するSecond periodを比較
抗菌薬はグラム染色により決定(図)
Second periodでVAPは有意に減少した(22%→9%, p < 0.01)
ARDSの発症(11%→3%, p < 0.01)、VAPに関連した死亡(5%→0.8%, p < 0.01)も優位に減少した
抗菌薬の投与期間・量は増加しなかった

Impact of Gram stain results on initial treatment selection in patients with ventilator-associated pneumonia: a retrospective analysis of two treatment algorithm
Jumpei Yoshimura, Takahiro Kinoshita, Kazuma Yamakawa et al.
Crit Care. 2017 Jun 19;21(1):156. doi: 10.1186/s13054-017-1747-5.
VAPの治療選択に対するグラム染色の有効性を検討した後ろ向き研究
ガイドラインに従った抗菌薬選択(GLBA, 図a)とグラム染色による抗菌薬選択(GSBA, 図b)を比較
グラム染色により、治療失敗が増えることなく広域抗菌薬の使用を減らせた


Effect of Gram Stain-Guided Initial Antibiotic Therapy on Clinical Response in Patients With Ventilator-Associated Pneumonia: The GRACE-VAP Randomized Clinical Trial
Jumpei Yoshimura, Kazuma Yamakawa, Yoshinori Ohta et al.
JAMA Netw Open. 2022 Apr 1;5(4):e226136. doi: 10.1001/jamanetworkopen.2022.6136.
VAPの治療選択に対するグラム染色の有効性を検討したRCT
ガイドラインに従った抗菌薬選択とグラム染色による抗菌薬選択を比較
治療反応に関してグラム染色はガイドラインに比較し非劣勢であった
risk difference, 0.05; 95%CI, –0.07 to 0.17; P < .001 for noninferiority
グラム染色により抗緑膿菌薬は30.1%、抗MRSA薬は38.8%減らせた

グラム染色の感度や特異度は高いとは言えませんが、これは経験がものを言うところだと思います。
実際、わたしも研修医の頃から続けているおかげで、少しずつ自信がついてきました。
菌量や貪食像(上の研究ではGiemsa染色ですがグラム染色でも評価できます)も参考になります。
グラム染色を主体とした治療開始や抗菌薬選択が有用という報告もあります。
前者について、COVID-19など元々肺野の陰影がある症例に対しても、グラム染色を基にした治療が有用だと思います。
重症患者さんでは広域抗菌薬を使いたくなりますが、グラム染色でモニタリングしながらであれば適切な抗菌薬選択ができます。
まとめ
VAPに対するグラム染色の有用性についてまとめました。
人工呼吸器患者さんでも他の感染症同様にグラム染色は強力なツールになります。
COVID-19では検体採取・処理の問題もありますが、レントゲンで判断しにくい症例でこそ有用だと思います。